我が背子は 物な思ひそ 事しあらば
火にも水にも 我(あれ)無けなくに 万葉集 巻4-506 安倍女郎
【通釈】 あなたはなにも心配なさらないで下さい。
火の中でも水の中でも、何かありましたら、私がついていますから......
……言わずと知れた、バラードの名曲中の名曲、
「Through the Fire / スルー・ザ・ファイア」
80年代を代表する名曲、との呼び声も高い、珠玉の名バラード。
まさにスローバラードのお手本のような名曲で、
バラードとはかくあるべき、というような極上の逸品。
あまりにも美しく、
しかも、あまりにも真っ向から、真っ直ぐに勝負してくるので、
時に、通人におかれては、気恥ずかしささえ覚えるような、
そんな楽曲かもしれません。
ですが、やはりいいものはいい。
それに敢えて言うとすれば、
バラードやスローソングというものは、
多かれ少なかれ皆、そのような部分を持っているもの。
ましてや、これ程の珠玉の大ネタ。スルーするわけにはいきません。
曲を手がけたのは、
AOR界きってのメロディメーカーにしてマエストロ、
David Foster / デイヴィッド・フォスター。
もともとは1983年リリース、
あの、もう一人のAOR界の雄、
Jay Graydon / ジェイ・グレイドン との奇跡のユニット、
AOR界の至宝とでも言うべき
「Airplay / エアプレイ」 で、
後のAORシーンに燦然と輝くことになる名盤、
「Airplay(邦題:ロマンティック)」(1980年)を、
たった一枚リリースしただけであっさりと解散した後、
デイヴィッド・フォスター単独名義での第一作目、
「The Best Of Me / ザ・ベスト・オブ・ミー」
の3曲目に収録された
「Chaka」
というタイトルのインストゥルメンタル曲で、
言うまでもなく
Chaka Khan / チャカ(シャカ)・カーン への
リスペクトを込めて捧げられた曲。
この ――バラードの名手―― の楽曲に、
「ソングライターの殿堂(1987年)」にも名を連ねる、
Cynthia Weil / シンシア・ワイル の、一途でひたむきな、
必ずこの想いをを遂げてみせる、という強い意志の感じられる情熱的な歌詞。
まるで、タイトルの「炎」に象徴される様々な苦難も、
燃えさかる「恋の炎」の前では全くの無力だ、と言わんばかりの力強さ。
そして勿論、言うまでもなく
Chaka Khan / チャカ(シャカ)・カーン の強烈な歌力
(うたぢから)。
どんなメロディも楽々と歌いこなし、
例え二流/三流の楽曲を歌わせても、
揺るぎない歌唱力と、圧倒的な存在感で、
やすやすと一流に蹴り上げてしまう力を持っている、
伸びやかで、余力に溢れたダイナミックなヴォーカル。
曲のどの部分を切り取っても、
常に、Chaka Khan / チャカ(シャカ)・カーンの歌である、
そう意識せずにはいられない、強烈な個性と存在感。
この何ものにも負けぬ、タフな存在感の持ち主が、
「あなたと一緒なら、たとえ炎をくぐり抜けたとしても、何も怖くない。
必ず耐えてみせるわ、最後の最後まで……」
という歌詞さながら、
「貫く意志」の化身と化して、
ダイナミックに、そして力強く謳い上げる様は、
他の誰にも真似の出来ない、
まさにチャカ・カーンのラヴバラード、
としか言い様のない、パワフルな仕上り。
この、彼女の圧倒的な歌声が、
この曲のメッセージをさらに強め、深みを与えていることは、
おそらく誰にも否定の出来ないところでしょう。
――収録アルバムは、
前述のデイヴィッド・フォスター のソロアルバムの翌年。
1984年10月にリリースされた
「I Feel for You」。
そこからのセカンドシングルとしてリリースされ、
カップリング曲は I'm Every Woman と La Flamme。
但しシングルとしてのチャートアクションはイマイチで、
Billboard Hot 100、60位。
同 R&B チャート、15位でした。
ちなみにアルバムの方は、16位(US)。
R&B チャートでは2位、UK チャートでも15位を記録し、
US では Platinum、UK では Goldディスクを獲得しています。
ところでこの曲。
もはや 80'sスタンダード、とでも言うほどの名曲なので、
様々なアーティストのカバーバージョンが存在しています。
例えば、
Peabo Bryson / ピーボ・ブライソン。
あるいは日本の
GTS によるアッパーなカバー。
または
Kanye West / カニエ・ウェスト のサンプリングのバージョン。
変わったところでは、ボーカロイドの
巡音ルカのカバー、などというのもあります。
他にも、いろんなアーティストがカバーしているので、
いろいろと探して、聴き比べてみるのも面白いかもしれません。
……ともかく。
バラードの名手の、美しく流麗なメロディ。そして、
「どんな苦難も必ず乗り越えてみせる」
と、高らかに宣言する、力強い歌詞。
このふたつが、チャカの強烈な存在感のもとで、
この上なく強固に結びつき、調和するさまは、
まさに見事という他はなく、鳥肌もの。
あらためて必聴、と言うべきでしょう……。
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